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自分の生き方を再確認するチャンス

中 山 広 子(静岡・AML

 「あなたの病名は 白血病です。」

 生まれたら、必ず誰しも死は訪れると判っていても、当時二七才の私にとって、その告知は非日常的なものでした。家族と一緒に告知を受けた私は病室に戻り、私が持っている白血病の知識をおもいっきり絞りだしてみましたが、なんと貧弱なこと。山口百恵、後藤久美子、和久井映見、そして夏目雅子。前半の三人は血液疾患を持つ悲恋物語のヒロイン。夏目さんは、白血病で亡くなった女優さん。(そういえば、彼女も二七才で発病したよね。美人薄命っていうから、私も美人?なんて心の中でまんざいしてました。)しかし、週刊誌のような情報しか浮かばず、我ながら情けなくなりました。

 その頃、私には付き合っている一つ年上の男性がいました。付き合って四年目でしたが、正直言うと、関係が希薄になりつつある状態でした。しかし入院が決まったとき、病院まで車で送ってくれたのは彼でした。結局、頼れる人は彼しかおらず、私から正直に病名を話そうと思いました。いずれ、判ってしまうだろうし、万が一、私が命を落とすことがあるなら、やはり早い時点で彼の新しい道を考えて欲しいと望んだのです。もう二度と彼には会えないかもしれないと覚悟しながら病名を告げました。すると、「知っていたよ。」との返事。実は、前日、私の母を病院から実家に送り届ける際に告知を受け、、母から、「お見舞いは無理せずに。結婚相手にはなれないかもよ。」と言われたそうです。私は拍子抜けしましたが、その後も彼が変わりなく病室を訪れたので、それが答えだと感じ取りました。

 次に私のとった行動は、病気に対して正しい知識を得ることでした。本や雑誌でも、あまりに専門的なものはチンプンカンプン。生存率何%なんていう数字しか目に入らない場合もありました。情報は知りたいところだけを本からコピーしたり、パソコンから検索し、内容をプリントアウトするなど家族に頼みました。そして、判らないことは、家族などがいるときに、先生に質問しました。その場でメモに取ることができなくても、先生が帰ったあと、家族と再確認することができます。また吐き気対策として、先生と相談しながら吐き気止めを自分にあうものに替えたり、気分を落ち着かせる為に、手浴や足浴をしたり、食欲をだす為、レモン水で口をゆすいだりと無理せず、結果、良いものだけを自分に取り入れていくようにしました。

 私は、五ヵ月の入院後、三年間の強化療法を通院で受けました。強化療法では事前に先生から渡されたプリントに、一クール、五ヵ月の治療内容が示されていました。何週目に、どのような治療をするかが判っていましたので、ノートの半分にプリントを貼り、もう半分の余白に治療を受けたあとの様子を記入しました。慣れてくると、吐き気や白血球減少などの情報がわかり、そこから吐き気止めを替えたり、輸血の際にキョウミノを準備してもらうなどの具体的な処置を取ってもらえます。患者は病気を治してもらうのではなく、治していくのだという意識が必要だと思います。

 三年間の通院生活中でも、彼とデートを楽しみました。人ごみを避けたり、マスクをしたり、車で移動するなどの注意点はありますが、治療の合間をぬって映画を観たりキャンプに出かけました。治療中、私の髪は度々抜け、かつらを手離せなかったのですが、ときどき、ベリーショートの姿を見せても嫌な顔一つしませんでした。彼も随分、辛い思いをしたでしょうが、私を大切に思ってくれている様子が伝わり、私自身彼と一緒にいる時間を有意義に過したいと思うようになりました。
 そして、現在、彼は旦那様になりました。途中、結婚は無理かな、と思った時期もありました。しかし、病気を理解してくれた彼の家族に感謝しています。

 長々と書きましたが、白血病患者は決してかわいそうではありません。告知を受けても、全てに悲観的になって欲しくないのです。治療を自分で見つめるように、大げさですが人生も再確認して欲しいのです。日本では一年間、約六千人が血液疾患になっています。私たちの一つ一つの選択は小さいけれども、それぞれの生き方となって、六千通りとなるのです。病気と戦う、共生する、どちらでもいいのです。自分の生き方を再確認するチャンスだと思って、まず病気を受け入れて欲しいと思っています。


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