お医者さんとどう接すればいいの?

ちょっと気むづかしい人が多いけれどよーく付き合ってみるとみんなただの人。「患者さんの命 を救いたい」と思って医師を志したのですから、正直に、「私を助けて下さい」 ってすがってみたらいかが?

ただ、お医者さんはとても忙しいので、じっくりお話のできる時間は限られています。 病気に対しての質問は外来中ではなく先生のおヒマな時間を伺い、約束をして会いましょう。 また、質問をするためには自分なりの勉強をし、簡単な医学用語ぐらいは覚えていき、 疑問点をノートにまとめていきましょう。でも、ちょっと気をつけて!教えていただく、 治療のお手伝いをしていただく、という感謝の気持ちは忘れないでね。

病気に対する前向きな姿勢が見受けられると、お医者さんの方も気が引き締まるそうです。 そう、「この患者にはいい加減な態度は見せられない」と思うそうですよ。

自分の心もオープンに。病気になったことはとてもショックなことです。でも この様な病気になったのはあなたの責任ではありません。多くの仲間がいますから、 どうぞ、ゆったりとした気分でお医者さんと話してみて下さい。お医者さんも これから一緒に闘ってくれる大切な仲間の一人です。


私の闘病生活

K.T(兵庫)_慢性骨髄性白血病・移植

私は、29才で慢性骨髄性白血病を発病し、骨髄移植まで2年、移植から現在まで 2年なのですが移植を受けるまでの「慢性期」は「できるだけやりたいことをやり、 できるだけ長く生き延びよう。」と思っていました。それまでは時間がなくて、 読めなかった長編小説に挑戦したり、見たかった映画をビデオを借りてきて何十本も観ました。 できるだけ、多くの場所へ行き、できるだけ多くの人に会うようにしました。 スポーツは、手軽にできる「水泳」をしました。
移植後も、「今、できること、やりたいことをできるだけやる。」という基本姿勢は変わりませんが、 移植前は控えていた「旅行」の回数が増えました。「海外旅行」もしようと思っています。
家族や他人に、迷惑や負担をかけず時間、お金、体力の許す範囲でなら、多少「わがまま」 と思われても、いい意味で、「個人主義」「自由主義」で一度きりの人生を、 できるだけ明るく楽しく過すのが、一番いいと思います。


M.Y(福島)_急性リンパ性白血病・移植

私は93年6月に25歳で急性リンパ性白血病を発病し、翌年の秋にドナーが見つかり 骨髄移植を受けました。移植後感染症やGVHDも起こらず2ヶ月で退院することが出来ました。
発病当初私には病名は隠されていました。告知を受けたのは入院から3ヶ月経った頃でした。 闘う相手が分かった私は、自分でも不思議なくらい何事も前向きにプラスに考えるようになったのです。 泣いてもわめいても病気が良くならないのなら、笑って一日を過そうと思いました。 しかし、現実は辛い治療や悲しい事もあり、泣きたくなる時もありました。 そこで私は「泣く日」を決めたのです。毎週金曜日夜10時〜11時の1時間、その1時間に1週間分の 涙を流すことにしたのです。火曜日に泣きたくなっても「金曜日まで頑張れ」と自分に言い聞かせました。
また暇があるとどうしても悪いほうに考え込んでしまいますよね。ですから私は 考える暇を自分に与えないように、入院中は新聞や雑誌などへ骨髄バンクの重要性を訴える 投稿をしたり、いろいろなジャンルの本を読みあさったりしました。推理小説だけでも 100冊以上読みました。それから手話の勉強をしたり、料理番組を見てレシピ帳を作ったり、 看護婦さんと話し込んだりなどなど、とにかく毎日忙しく、そして明るく過しました。
移植後は大好きだった旅行へまた出かけられるようになりました。近くの温泉から再スタートした私の旅も、 移植から1年経った昨年の秋には北海道まで足を伸ばすことが出来ました。
何事もプラス思考でいく気持ちは今も変わらず続いています。しかし、だからといって悩みも不安もないといったら嘘になります。 でも今はそれを素直に話せる人がいます。フェニックスの仲間達です。 先輩、後輩、そして同期もいます。そう思うと新たな勇気も湧いてきます。
みんな一緒に頑張ろう!!


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